トップ » ブログ » レスキュー今と昔

ブログ

全員野球。

2008.11.17  レスキュー今と昔
周囲の協力と応援の甲斐もあって、経理の特命レスキュー隊としての決算を終え、20年計画の2年目に突入しました。
(久々のブログなので、少しだけ、長くなります。)
 
凄く強い意志で走りだした17歳の冬、「30歳で独立して社長になろう!」
今思うと「人生の勝者」になりたい。という野心ONLYでした。当時の僕には、「誰かのために」とか「社会貢献」とか、一切ありません。全部自分自身の為に頑張りました。
 
そんなエピソードを少しブログにします。
「人一倍負けず嫌い」
の僕が「人の2倍負けず嫌い」になったことから始まったかもしれません。
当時高校生と言えば、遊びに部活に趣味に向かって好きなことを沢山やるべきだったのに、
生まれながらの商売人の僕は、目先のお小遣い稼ぎにアルバイトをし、そのお金は、パチンコ屋に向かい勝ち方を覚え
当時高校生ではありえないお小遣いを捻出した。
夏休みの月収は30万にもなったことを覚えている。
(ちなみに、このとき現金出納帳を書き、パチンコ収支台帳をつけていたことが、簿記が「すんなり」頭に入ってきた要因だと分析する。)
 
さておき、そんな『お金稼ぐの大好き人間』の僕にも、恋する少年の気持ちも人並みに芽生えたが、あえなく撃沈。
その悔しいエネルギーをすべてプラスに変えることに決めた!  
 
『いつか(恋の)採用通知をもらってやる!』
 
 
そして手始めに、強く生きることを決め、当時やっていた柔道では部活動の他にみんなに内緒で毎日8km走り、見事東京都32位入選。(ちなみにエントリーは600人くらい。その大会の優勝は、後のゴールドメダリスト、アテネ・北京66kg級の内柴選手)柔道弐段(二段)の取得。師に教わった『文武両道であるべき論』に従い、1か月の猛勉強で簿記2級をほぼ満点で合格。このとき顧問から推薦で大学の話も頂いたが、人生をショートカットしたい僕は、より社会に適した就職率99%&税理士資格勉強の名門、大原簿記学校(=簿記の聖地)に進学し、日商簿記1級(正確には全経簿記上級)を専門入学3か月で取り、19歳を迎えると、B-ing(転職雑誌)で入社条件を満たす会社を探しだし、学校を早期退職した。
オールOJTでスタートした僕の社会人1年生は、大人の事情にとまどいながらも、1年半が経過した20歳のときには、チーム5名の主任に抜擢を受ける。
周囲の同級生が就職してくる大学3年に相当するの21歳の頃には、同学年の新卒採用で会社のビジョンを話し、翌年には、監査法人対応をしながら、ベンチャーキャピタルに出す資料のシナリオを考えたりしていた。
22歳を迎えた僕は会社の倒産に伴い転職をすることとなるも、経理課長待遇での会社を紹介され、様々な経験をさせて頂いた。(詳細は省略)
そして経理や財務の重要性をもっと社会に認知してもらうことと、「いずれ独立するなら早い方がいい」と判断し300万をファイナンス(=キャッシング)。
25歳のとき有限会社トミー総合研究所を設立。(個人コンサルタント会社)。
顧客もない。人脈もない。そこからスタートした僕は、多くの人に助けられ、なんとか2年くらいで、ようやくまともなご飯が食べれるようになった。
 
そして、人の有難さやトミー総研で蓄えたノウハウをより多くの愉快な仲間ととも共有し、もっと多くの頑張っている経営者の経理をレスキューしたい想いが固まったので「経理の特命レスキュー隊株式会社」(29歳)を設立する。
13年前の自分と約束した30歳。ようやく本当の意味での社長業がスタートでき、さらに20年後の自分像を明確に定めることができた。
それが『20年計画』
 
 
20年後(50歳)に、50人規模の会社に会社を育て、今の僕ぐらいのガッツ溢れる平均30歳を中心にした会社にしていきたい。
個人競技をやめて、チームプレーしかできない。着手の手順も迷った。
少し華美なオフィスで事業を行うべきか?否か?
もっと門構えをよくする為に資本金を大きくするか?
かっこいいホームページとか作ろうか?
結論としては諸々却下し、質の追究にこだわることにしました。
 
門構えやオフィスで選ぶ学生を取るよりも、夢やロマンで仕事が好きな人と仕事がしたいわけだし、全部無視。
 
教育と施工に専念することにし。広報や財務や営業も後回しです。
ちなみに普通の創業だと営業に専念しますが、慌てた営業もしません。教育と施工(=お客様との仕事)に専念します。
 
だから新卒を中心に教育可能人数を絞り、無茶な拡大はせず、しっかり一歩一歩会社を伸ばそう。
「まてよ、あと19年以内に私が社長を引退するとし、次期社長が40歳だとすれば
15年程度はOJTで教育可能。そのときに会社に20年の暖簾と49人の同志が居れば、超強ぇじゃん。」
と、こんな感覚で、進めると、やること成すこと、自然にピッチも上がり今年のスタイルも悩まず決まります。
 
そんな20年計画2年目の今年のテーマは、  
『全員野球』。
 
わかりやすく言うと、総力戦。
「私は、ポジションがここだから!」
「僕はここが得意だから!」
そういう発想はレスキュー隊員に相応しくない。
「私は所得税がわかりません。」
「私はシステム担当なのでちょっと。」
「私は手続き担当なので…。」
「私、金融面の情報とか疎くて。」
 
結局コレだとお客様は仕事を頼みません。
わからないならボールを取りに来る。知ってるなら進んで教える。
こんな思想と姿勢を大事にする一年にします。
 
小学生がプロ野球選手に走塁もバッティングも送球も聞くように、
お客様は「全部含めて野球でしょ!」と聞いてきます。
 
たぶん、20年後は野手のコーチと投手のコーチを分けられますし、きっとDHも抑えの投手も居ます。
しかし今は5人なので監督も選手を兼務します。
 
高校野球で言えば、今年一年は、全員一年生の夏の大会みたいなもの。
まだまだ先があるから、可能性や適正をいい意味で見出す時期。
だ・か・ら…、『全員野球』
 
入社前研修の第一回目は今日。
そんな全員野球のファーストコンタクト、手作りの研修(=すごい教育のテスト版)を実施します。
スマートにはいかないだろうが、泥だらけの情熱一杯の想いを込め2008年11月17日